今話題の江戸東京野菜

内田さん夫妻

ジューシーなマクワウリ

新聞記事

2009年9月16日

(6) 将軍家光もとりこに

マクワウリ

 寛永年間(1624〜44)、多摩川のほとり武蔵国府中に幕府は、将軍が食べるマクワ瓜の畑を設け、美濃国真桑村から農民を呼び寄せ、栽培をさせている。甘いものが少なかった時代、ジューシーなマクワ瓜は水菓子と云われ、時の三代将軍、徳川家光も大意好物だった。四代将軍家の綱時代明暦三年(1657)には、幕府は浅草の北東墨田川の対岸、隅田村に幕府の野菜畑・御前栽畑を設けている。ここでもスイカやマクワ瓜などが栽培されていた。黄色いマクワを金マクワ、緑の縞のあるのを銀マクワと呼んだ。

 葛飾区の中川流域から水元にかけての瓜は、江戸の頃、本田(ほんでん)瓜として銀マクワの代表格だった。

 東京都農林総合研究センター江戸川分場の主任研究員から今年8月はじめ電話をもらった。何でも、銀マクワを栽培している農家が見つかったと云うもの、早速、教えていただいた足立区興野の内田和子さんを尋ねた。なんでも昔からマクワ瓜は自家用に栽培していたが、同じ瓜を何年も繰り返し栽培していると病気などに弱くなるのではとの不安から、研究センターに電話をしたという。これが、幻の銀マクワ発見につながった。大ぶりで熟した果肉は黄色く、良い香りでほのかな甘みが懐かしい。

 この発見は、幻の伝統野菜を自家用に栽培している農家があると云う事の証明で、伝統野菜の復活に携わる者としては元気の出る話題だ。

(財)東京都農林水産振興財団 大竹道茂